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隠居からの手紙

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告白

 夏になると、苦い思いと共に、思い出す方がいます。がっちりした身体、いかつい顔、口べたで、一本気な性格。ある大会社の工場に勤め、仕事に絶大な自信と誇りを持っている方でした。定年後には、よくお寺にお参りに見えるようになり、お願いすると、いろいろ、お寺の仕事を手伝って下さいました。

 ある時、この方がこんなことを話しました。

 「私は、戦争中は、下士官で、中国各地を転戦しました。ひどい戦争で、いろんなことを経験しました。その中で、女房にも子供にも話してないことがあります。それを、死んじまうまえに、住職に話しておきたいと思ってます。今日はまだその気持ちになれませんが。」

 そのうち、この方は病気になって、入院しました。お見舞いに伺うと、存外元気で、「例の話を、退院したら、早速、しに行きます。」と、大きな声でした。

 ところが、病気が急変して、一週間も経たないうちに亡くなってしまいました。

 とうとう話は聞けませんでした。語りたかったのは、日本軍の残虐行為だったのでしょうか。それとも、柄にもない、戦場に咲いた恋の物語だったのでしょうか。聞かなくてよかったのでしょうか、あるいは、もっと手段を尽くして、話してもらうべきだったのでしょうか。

 戦後60年目の夏となりました。

平成17年8月
石川恒彦

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