表紙 > 隠居からの手紙 > バックナンバーもくじ > テロとの戦い(平成19年10月)
アラビア海での有志連合による、テロとの戦いに今後も協力するのかどうか、大きな政治問題となっています。
テロとの戦いは効果が上がっているのでしょうか。私には、アメリカの戦略は、モグラたたきのように見えます。個々のテロリストを退治することはできても、テロの根源を除去しない限り、新たなテロリストを産みます。オサマビンラディンのアルカイダはなくなっても、別の個人や組織が立ち上がります。
テロは虐げられた人々の最後の手段です。将来に希望のある人は、だれも好き好んで、テロリストにはなりません。
現代イスラム教徒によるテロリズムの根底には、三つの無力感があるように思えます。
第一は、イスラム教徒の持つ感情、自分たちは、近代社会において不当に扱われているという感情にあるように思えます。かって、イスラム世界は、キリスト教世界より物質的にも、文化的にも繁栄していました。それがいつの間にか逆転し、その過程で、キリスト教は、宗教革命を経て、近代社会に適応することができました。それに反して、キリスト教徒の支配下にあったイスラムは、イスラムの教えのみが、彼らの誇りのよりどころとなり、イスラムの教えを近代に適応することはかえってタブーとなりました。
イスラム社会は政治的にも経済的にも、柔軟性を失いました。性急に民主化を迫る西洋は、自分たちが自律的に近代社会に対応していく時間と機会を不当に奪っているように感じているのではないでしょうか。
第二に、イスラム社会内部の甚だしい、格差です。天然資源に恵まれた国も、そうでない国も、富や権力が一部の特権階級に集中しています。民衆は特権階級が外国の資本と軍事力に結びついてその特権を享受していると考えています。一方で民主化を迫り、一方で特権階級の維持に力を尽くす外国の前に、民衆は無力感を募らせます。
第三に、そして、直接に現在のテロリズムに結び付くのは、パレスティナにおいて、アラブ人が不当に扱われている、しかも、予想される将来にそれが解決できる、何の展望もないという感情です。国際社会が示す解決策は、最善のものでも、パレスティナ人がおとなしく二つに分かれた土地に住む権利を認めようというものです。おとなしいかどうかは、イスラエルが判定することになるでしょう。
いま日本にできるのは、そしてしなければならないのは、西岸とガザに、最先端の技術を移転することだと思います。援助ではありません。アメリカとイスラエルを説得し、非戦闘地域を作ります。ここに商業ベースで工場を建設し、人を雇い技術を教えます。ここを起点として、産業がおこってくることを期待します。イスラエルの爆撃のない場所で働けると分かれば、多くの優秀な人間が集まるでしょう。そして、非戦闘地域を徐々に広げていきます。将来に展望が持てるようになれば、過激な感情も薄れていくし、イスラム教を抵抗の原理ではなく、発展のための原理と見るようになるでしょう。
アメリカとイスラエルの説得には時間がかかるでしょう。貧しく、分裂して、希望のない隣人より、豊かで自由な隣人のほうがはるかに安全であることを粘り強く主張しなければならないでしょう。
アラビア海での海上活動に参加する大きな理由は、日本へのタンカー航路の安全を他国に任せていいのかという主張です。日本が、アラブの味方であるなら、イスラム系テロリストの脅威は格段に低減するでしょう。
石川恒彦