表紙 > 隠居からの手紙 > バックナンバーもくじ > ハナノナ(令和4年11月)
いやになるほど記憶力が落ちてきました。お寺の庭にはいろいろな花が咲きます。珍しい花が咲くと、通りがかりの人から花の名を聞かれることがあります。よく知っている花なのに、名前が出てきません。口惜しいので、最近は名刺の裏に花の名を書いて、財布にしまってあります。花が咲くと、それを取り出して、記憶を回復するのです。それでも、質問されると急に忘れてしまいます。なかには親切な人がいて、何かで調べるのか、詳しい人に聞いてきたのか、何日かして、あの花はxxxですよと教えに来てくれます。ますます口惜しいではないですか。
花の名など知らなくてもどうということはないかもしれません。でも、外に出て、きれいな花を見つけると、私はその名を知りたくなります。誰かに聞きたくなります。ですから、親切に調べてきてくれた人をとやかく言うのは、正しくありません。
「ハナノナ」というアプリがあります。スマホに入れて歩いています。知らない花があると、それを起動して向けると、花の名を教えてくれます。まだ開発途上のようで、100%確実と出たり、50%の時もあります。開発しているのは、千葉工業大学人工知能・ソフトウェア技術研究センターで、花の種類ごとに50枚の写真を集め、ディープラーニングという方法でコンピュータに覚えさせているそうです。現在792の花を認識できると誇っています。でも100%ではないわけです。
ディープラーニングといえば、囲碁将棋のソフトを思い出します。こちらは、囲碁将棋の規則だけを教えて、コンピュータ同士を試合させるのだそうです。1秒間に何千手も計算できるので、コンピュータは他人の手助けなしに、短時間で、人間より強くなりました。いまや、囲碁将棋でコンピュータに勝てる人間はいなくなりました。
顔認識システムがあります。登録された顔のデジタル画像と、カメラに映る人を自動的に識別するコンピュータシステムです。自宅に帰りカメラを覗くと、登録された自分のデジタル画像が照合され、自動的に扉の鍵が開錠されるようになります。クレジットカードも将来は、顔認証になるそうです。よく犯人が駅にいたことが判明することがあります。これは、駅の監視カメラが録画した映像から顔と思われる部分を抜き出し、犯人の顔面画像データベースと照合することで識別を行います。警官が画像を見つめているわけではありません。コンピュータがものすごいスピードで調べているのです。少し嫌になりますね。でも最後は、逮捕に行った刑事の認識能力によって犯人を特定できると聞くと、ちょっと安心です。
コンピュータが囲碁将棋の名人を越えたといって、人間同士の名人戦の興味がなくなるわけではありません。自動車が出現したとき、人間は走っても敵わなくなりました。それでも、マラソンや100m競争は盛んです。
花の名も、そのうち、100%の正確さで、スマホが教えてくれるようになるでしょう。でも、きれいな花を見つけた時、自分の記憶から花の名を当てられたら愉快です。すぐにわからなくて、頭をひねって出てくればもっと達成感があります。コンピュータ万能の世界にも、人間の領域は消えないでしょう。
石川恒彦