表紙 > 隠居からの手紙 > バックナンバーもくじ > ミキサー(最新号 令和8年7月)
車いすの妻は、最近めっきり顎が衰えたようで、ものが噛めなくなりました。そこで徐々に刻み食になってきました。刻み食は見た目にも実際にもあまりおいしそうにありません。いろいろ調べて、ミキサーでスムージーを作るといいと知りました。
食事としてのスムージーですから栄養たっぷりのものを作っています。レシピの一例をあげれば、ブルーベリー、ヨーグルト、バナナ、ミルク、はちみつ、たまごが入っています。飲みやすそうで、美味しくもあるようで、一気に飲んでくれます。わがレシピをひそかにうれしく思っています。
ところが、このミキサーは古いもので、いくら洗っても綺麗になりません。特にパッキングが汚くて、病人にこれを使ってものを食べさせるのはどうかと思い、ネットで新しいのを注文しました。
6月21日が父の日でした。長男の嫁がやってきて、新しいミキサーをくれました。私がネットで注文したのと全く同じ機種でした。驚きましたが、嫁がわたしのことを気にかけていると知って、うれしい気持ちになりました。
次の日曜日、孫が三人やってきました。中学生、小学生、保育園児です。早速、自慢のレシピでスムージーを作りました。ところが下の二人は、一口飲んでやめてしまいました。濃厚すぎて子供の口に合わないのかなと残念でした。上の孫は時間をかけて飲み干したようでした。少したつと3杯とも空になっていました。どうやら、おじいさんが落胆しているのを見て、お兄ちゃんが全部飲んでくれたようです。ちょっとうれしくなりました。
隠居生活が長くなり、妻の介護だけが仕事、訪ねてくる人も少なくなると、こんなちょっとうれしいことでも、うんとうれしい事件となりました。世の中には、嫁と折り合いの悪い人、孫に会えない人、ミキサーを買うのは贅沢だという人も沢山いるようです。それを思うと私はかなり幸福な老後を送っているのでしょう。
それといいうのも、日本では、曲がりなりにも福祉制度が機能しているからと、ありがたく思っています。在宅医療、訪問看護、リハビリ、デイサービス、入浴サービス、介護設備のレンタルなどは、とても個人の負担では受けられないでしょう。嫁や孫との関係も福祉制度による経済的精神的余裕の故と思う時があります。聞くところによれば、これらの福祉サービスからこぼれ落ちている人がかなりいるようです。課題です。
人間関係は経済的余裕の問題だけではないことは承知しています。私たちは、他愛ないおしゃべりは得意です。ところが自分の意見を筋道だって述べるのは得意でありません。また、相手の意見を冷静に聞くのも得意でありません。勿論学校や会社ではそうしているでしょう。でも個人の関係となるとそうではありません。そこで、荒波を立てないように、しばしば黙ってしまいます。結果、お互いを知り合うことが出来なくなります。いろいろな意見や事情を持つ人々が仲良く暮らすのが面倒になります。家族関係も薄いものになります。これは精神の問題ではなく、技術の問題と私は思っています。
ミキサーに入れられた果物は痛い目にあいます。でも結果はおいしいスムージーです。
石川恒彦